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②状況
我々警察が園子さんの遺体をはじめて見た時、園子さんがとった自殺の方法は、若い女性が選んだにしては非常にこった方法であると感じました。
和泉さんのお話でも、あの自殺方法は、同級生が「学歴社会に一石を投じる」という理念の下で、実行されたものであった、と聞いています。
リストカットや、服毒など衝動的な自殺の方法とは違い、準備に時間が掛かり、覚悟も必要な方法をとったわりには、部屋の様子がおかしく感じました。
部屋全体の様子から、園子さんは綺麗好きで、整理整頓がしっかりできる女性ではないかと想像しました。領収書の控えや、家計簿をマメに記録する。そういった女性が、コードレス電話を放り出したままにし、口紅の付いたティッシュや丸めたダイレクトメールが屑籠の周りにちらばっているのは変です。
さらに、バスタブの中には湯が残っており、髪の毛が浮いていました。自殺の前に体を綺麗にすることは、考えられます。自殺をして発見された時のことも考えてもおかしくないですからね。しかし、バスタブの湯がそのままということは不自然です。
そして、園子さんが発見されることを考えていたとしたら、園子さんの状態にはおかしな点がありました。
それは、パジャマ姿であったこと。自殺を決意し、大変な準備をし、発見されることも考えていたとすると、普段着であったほうが自然です。不特定の人間に見せる姿としてパジャマは不自然です。
しかし、この点は眠ったまま死にたかったという想像もできますので、パジャマでも大きな問題ではないかもしれませんね。
おかしな点のもう一点は、園子さんが素顔であったこと。園子さんの部屋にも化粧道具がありました。大半の女性が普通にするように、園子さんも化粧をしていたでしょう。自殺をして他人に発見されると考えたのであれば、素顔をさらすよりも化粧をするのではないのでしょうか。
この点も、自殺で思考が普通でなくなっていたと考えれば、問題にならないかもしれませんが、あの手間のかかる自殺方法がどうしても引っ掛かり、不自然に感じました。
自分が死んだ後のことはどうでもいい、とは成らないと思います。むしろ、そういう時こそ、自分がしっかりした人間であると示すはずだと思いますが、いかがでしょう。
屑籠のごみ、バスタブのお湯、パジャマ、素顔、全てが他殺の可能性を示していました。
加賀は一気に話した。
「そんなに証拠が残っていたのか」康正は唸った。
「あと気になった点は」加賀の話はまだ続いた。「ワインの瓶が捨てられていたキッチンにあったゴミ箱です。その中にはコルクの栓が捨てられていました」
「コルク栓?」康正は思い出した。「あれは俺が転がっていたワインオープナーから外して、ゴミ箱に捨てたんだ。それも疑惑を生んだのか?」
「ええ」加賀は続けた。「ワイン好きであれば、もちろん瓶とコルク栓を捨てることにも慣れていると思います。コルク栓は通常、可燃ごみに捨てるものです。瓶と同じゴミ箱から出てきたコルク栓は、園子さんが捨てた物ではないということを示していました。つまり、飲まれたワインには、第三者が絡んでいる可能性があると。もちろん、ワインについては、領収書がないことも第三者が絡んでいることを示していました」
「他にはもうないのか」康正は、もうないだろう、と訊いてみた。
「あとは、和泉さんにもお聞きした。導線がきっちり胸についていなかったこと。それは、園子さんが死んだ後になんらかの力が入ったことを物語っていました」
康正は思い出した。園子の体を自分が確認しなかったことを。
「これだけが、他殺の可能性を示していました。全てが偶然といわれてしまえば、その域をでません。そして、その偶然にある一点で我々警察は縛られてしまいました」
「ドアチェーンだな」康正がいった。
「そうです。それが全ての証拠を、自殺を考えた人間の不可解な行動、で片付けてしまったのです」
「しかし、そんなにたくさんの物が他殺を示していたとは」康正は呟いた。
「厳密にいえば、まだまだありますが、思い出す限りではこれくらいです」
話し終わった様子の加賀は少し温くなったビールを口に含んだ。
「さんざん、警察は自殺で処理する(93)と言っておきながら、君はまったくそんな気はなかったのだろう」康正は加賀のグラスにビールを注ぎながら、訊いた。
「ええ、私個人としては疑問だらけの現場でした」加賀が微笑みながら返した。
「ドアチェーンのことを隠し続けた点は、私にある疑いを芽生えさせました」加賀はいった。
「俺が園子を殺した可能性があるということか」
「ええ、もちろんその可能性も考えました。通報者が犯人ということは、少なからずあります。ドアチェーンのことを隠していることも、簡単に説明がつきます。しかし、簡単な捜査でその可能性は消えました。では、どうしてドアチェーンのことを隠す必要があるのか、私は考えました。和泉さんが警察が掴んでいない、重要な手がかりを入手しており、復讐をしようとしているのではないか。 そう考えたとき、隠す理由がわかりました。流しが濡れていたことも、あなたは顔を洗ったと証言されましたが、和泉さんが現場を操作している可能性を示していました。私は独自捜査と平行して、あなたの監視をすることにしました」
「だから、東京に来る度に俺の前に現れたんだな」
「園子さんのアパートを解約せず、頻繁にあなたは東京にやってきた。重要な証拠を手にしながら、犯人を特定できていないと私は感じました。私が和泉さんよりも先に犯人を特定すれば何も問題がありませんが、和泉さんが先に犯人を特定し、復讐をしてしまったら大変なことになります。私はあなたの復讐を止めたかった」
康正は何もこたえなかった。加賀に出会えたことを、よかった、と思った。
③につづく
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コメント
コメント一覧 (2件)
こんな本があるんですか?
このブログの記事は
東野圭吾さんの「どちらかが彼女を殺した」を元にしています。
この小説は、結末まで書かれていないので、読者が犯人を推理しないといけません。
おもしろい小説なので、是非どうぞ。