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⑦ 利き手
「でも、おかしいな」康正はいった。「佃は弓場を犯人にしたかったのだろう。俺が園子の部屋に呼んだとき、なぜ佃は来たんだ」
「それはですね」簡単な問題を答えるように加賀は再び話しはじめた。「警察の追求がないままの状態は、佃にとっては不安でした。さらに、警察は自殺と判断したのに、和泉さんは自殺を疑っていることを知る。警察は騙せても、和泉さんの執念は自分を見つけ出すのではないか。と考えていたと思います。
最後の日を思い出しましょう。弓場は、夜中に佃の部屋に忍び込み園子さんの鍵を盗み出し、朝、園子さんの部屋に侵入してきました。佃は弓場がどこにいるか和泉さんに尋ねましたね。弓場が園子さんの部屋に行ったこと、鍵が盗まれていたこと、を知らなかったのだと思います。
弓場が和泉さんから追求されていることを知り、自分(佃)が犯人だと特定されるかもしれないと不安になり、やってきたのだと思います。
テープを聞いて安心した佃は、弓場を犯人にすることはそこでは不可能だと判断し、警察が判断した自殺説をおしたのだと思います。弓場が目を覚まし、どちらかが園子さんを殺したことの議論になれば、佃が犯人になる可能性もゼロではありません。
弓場は、完全に園子さんが自殺したと思っているのですから、弓場の後押しもあります。まずは自分が犯人になることを避けることが先決です。
決して弓場が犯人だといわず、園子さんの自殺説を主張したのはそのためです」
「なるほど、とにかく俺のせいで佃の計画は大きく狂ったんだな」
康正は複雑な心境だった。加賀が考える動機によると、園子はどうしても殺されなければいけなかったみたいだった。どうして園子は佃を好きになってしまったのか。康正は考えた。
グラスは空になっていた。ビールを注ぎ、一口飲んだ。
考え黙っていると、加賀が声を掛けてきた。
「和泉さん。実はまだあなたは勘違いされていることがあります」
「なんだ?」康正は驚き加賀を見て訊いた。
「あなたが犯人を特定した理由についてです」
康正は戸惑った。右手に持ったグラスを見た。
「・・・利き手についてです」加賀はいった。
「違っていたのか?弓場は左利き、佃は右利き。だろ?」確認するように訊いた。
「ある意味正解です」
「はぁ?どういうことだ。はっきり教えろ」康正は加賀に催促した。
「では、お話ししましょう」
佃は和泉さんのおっしゃるとおり、右利きでした。
以前アルバイトしていた「計画美術」(139)の社長のフジワライサオさんに確認しました。ペン、箸、はさみやカッター、マウスの操作、右利きだったといっておられました。左利きだと2人っきりの会社なので目立つと思います。念のため、出版社の社員の方達、大学時代の友人にも聞きましたが、普段の生活の中での行動は、右利きで間違いないでしょう。
弓場さんは、普段の生活の中では右利きでした。
大学時代の友人に確認しました。藤岡聡子さんもその1人です。保険会社の方達にも確認をとりました。
「おいっ」康正は声を大きくした「おかしいじゃないか。弓場は確かに左利きの手つきで薬の袋を開けたぞ」
「でしょうね」加賀はさらりとこたえた。
「馬鹿にしてるのか?」
「馬鹿にはしていません。弓場さんは薬袋を開けるのは左利き。だったということです」
「右利きの人間が、極度の緊張で左利きになったということか」康正は考えながらいう。
「そうでしょうか。そういった状態の時こそ、人は体に染みついた行動をするでしょう」
「そうだな。なら、加賀さんは弓場の体に染みついた行動を知っていたというのか」
「情報を得ることはできました」
「どうやって?本人に聞いたのか?」
「あの時は、その段階ではありませんでした」
「じゃあ、どこから?」
「簡単です。ビデオです」
「えっ」康正は驚いた。「そうかビデオか・・・」
「ビデオには、弓場さんのあられもない姿が記録されていました。演技もあるのでしょうが、体に染みついた行動をしていると考えていいでしょう。道具を使う際など、彼女は右利きでした。そして、避妊具が画面に映りました。彼女は左利きの手つきで開封しました」
「そんなことがあるのか」
「普段はほとんど右利き、小さな袋の開封は左利き。世の中にはたくさんの人がいる、こういった人がいても不思議ではありません。右利き、左利きだけで犯人を特定するのは大変危険です」
「あんたは知ってたんだな。弓場がどうやってあの時睡眠薬の袋を開封していたか」
「想像はしていました。間違いないだろうと」
「いつから犯人がわかっていたんだ」
「確信を得たのは、あの和泉さんが二人に復讐しようとしていたときです。あの時、ようやく私にもたくさんの情報が揃いました」
「そうか、あんたには、やっぱりもっと早く情報を提供するんだったんだな。あんたがいなければ俺は間違った方に復讐を果たした可能性がある。しかしそうならなかった。君がヒントをくれたからだ。俺が右利きの人間をさがしていることを君はつかんでいたんだろう。何度も利き手が決めてらしいという情報を俺にくれたからな。弓場が薬を開封する時、左利きということを知っていた君は、俺が間違った方を犯人にしないよう導いた。そうだろう」
康正は加賀を覗き込むように訊いた。
「どうでしょう」加賀にはこたえる気がないようだ。
「あの時点では、佃の告白により、包丁を使った佃は右利きと判明していた。最後の判断を悩んだのは、弓場の利き手がわからなかったからだ。君のヒントにより、薬袋から弓場が左利きだと思いこんだ。そして、佃を犯人と特定したんだ。しかし、あの時、もし俺に弓場が普段は右利きだという情報があったとしたら、確かに俺は混乱しただろうな。佃を犯人と特定できなかったと思う」
康正は同意を求めて加賀をみた。しかし、加賀は何も答えなかった。
康正は手に持ったグラスを口へ運びビールを一口飲んだ。
そして、グラスをテーブルに置いた。
——————-
加賀も同じ動きをして、一息ついた。そして、真剣な顔を康正に向けた。
「和泉さん。最後にあなたに伝えなければいけないことがあります」
「なんだ」康正も真剣な顔になった。
⑧ 完 につづく
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