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その6 神林美和子の章-1
とうとう雪笹さんは、みんなの前で本当のことを何も話さなかった。頼りにしていた加賀刑事は、あたしの期待にこたえないまま気を失ってしまった。
あたしは雪笹さんをみんなの前から遠ざけなければ、本当のことを話してくれないと思い2階へ誘った。
「雪笹さん正直に話してください。雪笹さんですね」
雪笹香織を見詰めるが、何かを考えている様子だ。
「雪笹さん」問いかけるように言った。
「あなたでしょ」雪笹香織が逆に鋭い目線をあたしに向けながら言った。
結婚式当日。ほとんど眠らず朝を迎えた。いつまでこの演技が続くのだろう。誠さんが好きなのはあたしの詩(P20)。それは最初から分かっていた。これから始まる生活の辛さを思った。でも、今のままはもっと辛い。
この日の普段着は決まっていた。白いシャツにブルーのパンツ(P126)。青は青い海の色(P129)。あたしは今、最後の世界に包まれている。
着替えてから、兄に電話した。合流してラウンジに行き、一緒に朝食をとった。誠さんと駿河さんも合流して、詩の朗読についての打ち合わせが始まった。驚いたのが「青い手」を誠さんが提案したことだった。まさに今のあたしの心境にぴったりだった。思い掛けないところでこの人とは気が合うのかもしれないと感じながら、乗り気でないような演技をあたしはした(P129)。
打ち合わせをしていると、雪笹さんと西口さんがそろそろ美容室へ行く時間だと迎えに来た。バッグを持って立ち上がった時、思い出した。薬とピルケースを部屋に忘れてきたことを(P130)。誠さんに後で誰かに届けてもらうからと告げて、雪笹さん達と一緒に美容室へ向かった。
あたしは途中、ピルケースを取りに自分の部屋に戻ることにした。
部屋に寄ることを告げると、雪笹さん達は美容室で待っていると言ったので、あたしだけで部屋に戻った。
バッグから鍵を取り出し、ドアを開けた。その時、足元に何か落ちていることに気がついた。
折りたたまれた紙だった。取り上げると、小さな物が床に転がった。目線を落とすと、小さく切り取られたビニール袋からカプセルが顔を覗かせていた。小さなビニール袋を取り上げ、それから紙を広げた。文字が並んでいた。その内容は、あたしの中の醜い物を呼び覚ますようなものだった。一瞬何をしているのか分からなくなったが、早く美容室に行かなければならないことを思い出した。
薬瓶とピルケースが目に入った。手には小さなビニール袋に入ったカプセルがあった。薬瓶に近づき手に取った。蓋を開ける。小さなビニール袋に入ったカプセルを蓋の口に近づけた。手が震えるのが分かった。
ガチャリ、鍵を開けドアが突然開けられた。あたしはびっくりして、ドアの方を見た。驚いた顔のホテルマンが立っていた。
「大変申し訳ありません。穂高美和子様」ホテルマンは深々と頭を下げた。「美容室から、荷物をスイートルームへ移動するように連絡があったものですから。在室中の確認をしなかったのは、私のミスです」
「大丈夫ですよ」笑顔を作った。「気にしませんから、大変なお仕事だと思います。荷物よろしくお願いしますね」
彼の謝罪は本当の謝罪なのだろうか。彼も演技をしているのだろうか。
「30分後にまた来てください」あたしは伝えた。
ホテルマンはもう一度深々と頭を下げ、ドアを静かに閉め立ち去った。
あたしの手には、まだ薬瓶があった。無意識に蓋を閉めていた。その中には、カプセルと小さなビニール袋が入っていた。しかし、ビニール袋の中からはカプセルが消えていた。顔の演技に夢中で、手がどう動いていたかわからない。カプセルはみんな同じに見えた。瓶の中には、11錠のカプセルがあった。
本来ならば、薬瓶からカプセルを取り出してピルケースだけを持っていけばいいのに、ここでピルケースにいれることはできなかった。薬瓶とピルケースをバッグの中に入れた。荷物を少しまとめてホテルマンが運びやすいようにして部屋を出た。
美容室で雪笹さん達と合流した。あたしの受付も済ませてあった。これでホテルマンがきたのだな、と思った。
鏡に映るあたしは変わっていった。演技をする必要なんてない自分が鏡の向こうにいた。今、あたしは変わっていくのを実感した。
雪笹さんと西口さんと一緒に美容室を出た。みんながあたしを見ているのを感じた。自分がどんな表情をしているか分からない。自然と演技を止めていたからだ。
控え室に入って、あたしはバッグを取ってと雪笹さんに伝えると、雪笹さんは驚いた。雪笹さんはバッグを持っていなった。みんな誰かが持ってくるだろうと思っていたのだろう。バッグは美容室に残されたままみたいだ。雪笹さんは西口さんに、急いでバッグを取ってくるよう伝えた。
数分後、バッグを持った西口さんとお兄ちゃんが一緒に控え室に入ってきた。お兄ちゃんの視線をあたしは強く感じた。
(P164)気がつくと西口さんはすでにバッグを持っていなかった。部屋を見渡すと、あたしの普段着や荷物と一緒に部屋の隅に置いてあった。雪笹さんにバッグを取ってくれるようお願いして、受け取った。バッグを開けたときいつものあたしが戻ってきた。自分が何をしようとしているのか、心臓の鼓動が早くなった。ここで行動を止めるわけにはいかない。みんなの視線を感じて、演技をするあたしに戻った。顔は平然としているはず、あたしは薬瓶の蓋をあけた。カプセルが詰まっている。どれがあのカプセルかはわからない。(P53)「2錠ほど入れて、持っていることにするよ」書斎で聞いた誠さんの言葉が思い出された。ピルケースの中に入れたのは1錠だった。
薬瓶からカプセルを取り出さない訳にはいかなかった。みんなが見ていた。あたしは2錠取り出そうとしたが、毒入りカプセルがどれだかわからない。全部入れようかとも思った。しかし、それでは自分のこれからの運命がまた誰かに振り回されるような気がした。自分自身で決断した運命に従う。その1錠だった。表情を変えず、あたしは思った。何も起きませんように。
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