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その7 神林美和子の章-2
1つのカプセルの入ったピルケースが手にあった。
(P164)「これ、誠さんにお願いします」ピルケースを雪笹さんに差し出した。
雪笹さんは受け取ってすぐに、それを西口さんに渡した。(P134)すごい視線を感じた。その先には、お兄ちゃんの顔があった。
「おにいちゃん」あたしが一番演じやすい相手の顔を見て言った。雪笹さん達が、退出していくのを感じた。
演技を続けると、カプセルのことを忘れることが出来た。
演技を考えると現実を忘れることができた。どんなことも、演じているのだと思えば、本当の自分がしたことじゃない。演技に成功したのか、失敗したのか、そんなことを考えていると、ますます自分が分からなくなっていった。
神林貴弘の顔が離れていった。何度も演じたこの演技。あたしは本当に疲れた。みんなが出て行って5分くらい。兄は部屋を出た。時間を計っている自分が怖かった。すべてが演技だった。
ひとりになった控え室。
「あなたは誰?」
鏡の向こうにいるウェディングドレス姿の白いベールに包まれた顔に呟いた。
控え室を出て、たくさんの人の中を歩いた。みんなが同じ言葉を発していた。
数分後、(P151)あたしは礼拝堂の扉の前で、仲人夫人と立っていた。じっとしていると、下着の中の違和感がよく分かった。
礼拝堂がざわめきだした。小さな悲鳴のようなものも聞こえてきた。
あたしには、何が起きているのか分かった。最大の演技力を発揮しないといけないと感じた。
扉が開き、あたしの目は穂高誠の姿を捉えた。
(P155)あたしはバージンロードをウェディングドレスの裾を持って駆けた。穂高誠の死相を見た瞬間。演技は必要なくなった。想像を超えていた。体が思うように動かなくなった。
雪笹さんと兄にスイートルームに連れて行かれた。兄が部屋をでると、雪笹さんはあたしが着ていたウェディングドレスを脱がした(P156)。それと共に、下着の中の違和感が取り除かれるのをかすかに感じた。意識がもうろうとする中、理解した。
「どうして、どうして」
勝手に小さく声が出た。雪笹香織は強く手を握ってきた。彼女が考えていることをあたしは考えようとしたが、混乱していた、何に混乱しているか分からない状態だった。
そのうち、兄が医者を連れてきた。彼があたしに注射をすると、青い海に引き込まれていくようにあたしの意識はなくなった。
穂高誠の葬儀の翌日(P269)。雪笹さんはあたしに会いに来た。
彼女は、あたしのことをどう考えているのか。穂高誠と一緒だ。あたしと一緒にいたいんじゃない。あたしの詩が欲しいのだ。
彼女に訊きたいことは、たくさんあった。しかし、その話題が存在しないかのように彼女と話した。彼女は分かっていたはずだが、あたしと同じように話題に触れなかった。
「あなたでしょ」穂高誠の家の書斎で雪笹香織が言った。「美和ちゃん」
あたしは黙っていた。
「あの日。結婚式の当日。ホテルの部屋であなたはカプセルを見つけた。そして、わざわざウェディングドレス姿になったとき、みんなの前で薬瓶からそのカプセルをとりあげて、ピルケースに入れた」
あたしは首を振った。
「そして、そのカプセルを穂高は飲んだ」彼女の言葉は断言していた。
違う。あたしじゃない。あたしじゃない。声になったかわからない。
「あたしだったのよ。あのカプセルをあなたの部屋に入れたの。手紙見て驚いたでしょ。ショックだったでしょ。あんな行動しちゃったんだからね」
あたしは手紙の内容を思い出した。
「でもよかったのよ」雪笹が続ける。「あんな奴と一緒になってたら、せっかくの素敵な詩が書けなくなっちゃう。そのうち」彼女はひとり納得していた。
「あいつはあたしのことを、弄んだのよっ」彼女の顔は高潮していた。
「あいつは人殺しなのよ。そう二人も殺している」
浪岡準子さんを死に追いやったのは、彼だ。殺したといってもいい。あと一人は誰なんだろう。
「浪岡準子さんと彼女の赤ちゃん。あたしもあいつのおかげで人殺しになった」
彼女はお腹をおさえていた。苦しい顔になっていた。
「大丈夫よ、美和ちゃん」表情を和らげて言った。「カプセルのことは二人だけの秘密。そしてあの手紙、しっかり持っていてくれてありがとう。あいつが死んで、あなたがおかしくなってびっくりした。お兄さんと一緒にあなたを運んでから、あなたの服を脱がした時、ブラの中にあの手紙があるのを知って、これからもあなたと一緒にやっていけるって思ったわ。もし、バッグなんかに入ってたら、今頃警察に逮捕されてるわね。あたしたち」彼女はあたしを見ながらうれしそうに言った。
「穂高を殺したのは美和ちゃんじゃない、あたしが殺したのよ。ね」同意を求めてきているようだったが、あたしは何も言わなかった。
「邪魔する人はいなくなったのよ。これから二人で一緒にやっていきましょう。あなたの詩は、開放されたのよ」
まったく、わかっていない。この人は。あたしのことを考えているようなことを言いながら、そこに全くあたしはいない。演技をすることに疲れ、結婚すれば何かが変わると思った。だけど、演技はますます増え、とうとう今ではあたしがどうしてここにいるのかさえ、よく分からなくなってしまった。
体の力が抜ける感覚があった。あたしはしゃがみ込んだ。胸元が大きく開いたワンピース、胸元に手をやるとあたたかい肌の感触があった。あたしを感じた。涙があふれてきた。手で顔を覆った。
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