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⑧完 真相
「睡眠薬の袋についていた指紋の件です」加賀は続けた。「園子さんの指紋が二つの袋から検出されたのは、話しましたね。そして、どちらの袋にも同じように指紋が付いていました(78)」
「重要な証拠だな。俺が佃を犯人と特定したのは、その薬袋の指紋からだ」
康正は加賀が何を話そうとしているのか分からなかった。
「どうして指紋があったと思いますか?」加賀が訊いた。
「どうして?おもしろい質問だ。それは佃が園子の手を薬袋に当てたんだろ」
「その可能性もありますね。では、どうしてその必要があったのですか」
「それは…」康正は少し考えたあと続けた。「1回目の犯行の時、自殺に見せかけるため、まず1袋目に園子の手をもって指紋を付けた。それから、2回目の犯行の時に2袋目を用意して、寝ている園子に無理やり飲ませ、袋に同じように指紋を付けた。弓場に自殺と思わせる必要があったからだろうな」
「なるほど」言葉とは別に加賀は全然感心していない。
「違うのか」
「佃が、指紋を付ける必要性が全く私にはわかりません。佃は弓場を犯人にしようとしたのですよ。警察に他殺と思わせるには、むしろ指紋はない方がいい。もちろん、弓場の指紋が薬袋にあることが一番いいのですが、それは不可能です。指紋の有無は警察が判断することです。残った薬袋の指紋をみても弓場は、誰のものかまで判断することは出来ないでしょう。特に1つ目の薬袋は弓場が処分した可能性が高いと思います。佃にとって薬袋はどうでもいい存在でした。警察に捕まって一つ目の袋からもし佃の指紋が出たとしても追求された時、薬袋に触れていたことを証言しているはずでしたから、実際、薬袋の指紋は犯人を特定するための重要な証拠ではありませんでした」
康正は驚いた。
「しかし!」康正は大きな声を出した。周りが注目した気配を感じて小声になった。「俺が佃を犯人だと見破ったのは薬袋からだ」
康正は同意を求めた。
「そうです。あなたは薬袋から犯人を特定した」加賀は同意した。
「なら、どういうことだ」
「真実を言っているまでです。2つの薬袋には園子さんの指紋があり、佃はそれを付ける必要がなかった」
「ということは…」康正は言葉に詰まった。「…どういうことだ」康正はつぶやくように訊いた。
康正は周囲の雑音が遠のき、頭がふらつくのを感じ俯いた。
加賀の声が聞こえてきた。
「あの2つの薬袋は園子さんご自身で破った物だと考えます」
「えっ」康正は顔を上げ加賀を見た。
「園子さんは、弓場が帰ったあと、目を覚ましたのです」
康正は衝撃を受けた。今まで聞いたことがないことだった。
「佃のワインに含まれた睡眠薬で眠らされるまで、佃とどんな話をしていたのかは分かりません。辛かったのでしょう。誰もいない部屋で目を覚ました園子さんは、もう一度睡眠薬を飲むことにしました。確実に深く眠ろうとしたのだと思います。睡眠薬を二つ飲み、流しでグラスに水をくみ飲み込みました。グラスはその時、流しに置いたままになりました。そして、ベッドに戻り、体を横にして深い眠りについたのです」
「佃に確認したのか?」
「ほぼ間違いないと思っています」加賀の目は真剣だった。
「園子は自分で眠ったんだな…」康正は下を向き、呟いた。
「そして、佃に殺された…」
店内に広がる雑音の中、二人のテーブルに何度目かの静寂が訪れた。
康正はゆっくり顔を上げ、思い出した疑問を加賀に訊いた。
「薬袋の開け方は、どうだったんだ」
「袋には左手の指紋が付いていました」
「園子は左利きだったんだぞ、どういうことだ。左利きなら右手の指紋が付くだろう」康正は混乱した。
「確かにDMは、左利きの開け方でした。右手でおさえて、左手でちぎった跡がありました。そこから私は園子さんが左利きと気がつきました。しかし、それは園子さんがDMを破るときは左利き、ということしかわかりません。薬袋の破り方まで特定してはいけない。園子さんは目を覚ましたとき、右手に力が入らなかったのだと思います。佃と弓場の証言から園子さんは無理な格好でベッドにもたれかかったまま座って寝ていたと分かっています。その時、右手に無理な力が入ったりして、しびれていたのだと思います。だからこそ、途中で目を覚ましたのでしょう。目を覚ました園子さんは、もう一度寝ようとしました。動く左手と口を使って袋を破ったのだと思います。袋の小さな破片には歯形がありました」
「歯形?そんなこときいてないぞ」はじめて聞くことを加賀はあっさり言った。康正は驚いた。
「警察は簡単に重要な証拠を提供しません。知っているでしょう」加賀は頬を緩めていった。
「警察も死んだ人の癖を正確に掴むことは難しい。園子さんがどうやって薬袋を破るのかは、想像でしかありません。そして、想像だけで犯人を特定することは決してありません」
康正は加賀には隠し事をできないな、と改めて思った。
「そうか、分かったよ。加賀さん」康正は小さく何度も頷いた。
「加賀さんのおかげで、俺は犯人を見つけ出すことができた。ありがとう。復讐も思いとどまり、今こうして君と話すことができた」
康正の顔は緩んでいた。
「そして… 園子が自分の意思で眠りに付いたということを知ることができた…」
康正はうつむいた。グラスに入ったビールが小さな泡をはじかせていた。
「妹の最後の寝顔を、もっとしっかり見てあげればよかった…」
「どんな寝顔だったかな…」
康正はゆっくりと目を閉じた。
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おしまい
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あとがきへ
もうひとつの「つづき」 加賀恭一郎編
「どちらかが彼女を殺した」のつづき その1へ(最初から読む)
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コメント
コメント一覧 (4件)
あまりに的をえていない。
二人が園子を殺そうとあの夜足を運んだのは、佃とかよ子がお互いに園子の復讐を受けずに[一緒に]なりたいと望んでいたため。
佃がかよ子を犯人におとしめようとしたと考えること自体、本質を見失っていてナンセンス。
ただ、こじつけだとしてもあの難解な推理小説の続きをここまで頑張って話を紡いだのは称賛に値する。
ご意見ありがとうございます。
最初の一文でショックを受けましたが、最後の一文で少し救われました。
小説を読んで、犯人を推理して、ネットで検索しても 何で?何で?がたくさん残る。それでどういうこじつけがいいか考えました。
ご意見をいただいて、今までの考えと違う方からこの小説をまた見つめてみたい気持ちになりました。
ありがとうございます。
混乱しました。2つ目の薬袋を破ったのが園子なら
園子の自殺を否定する決定的な理由が
無くなるのではないですか?
かよ子が帰ってから1時までの短時間で自殺をするのは
「絶対不可能」とは言い切れないし、
部屋が散らかっている、パジャマ姿である、化粧をしていない、
も決定的な証拠にならないのでは?
かつて愛した男が一度は自分を殺そうとしたことに絶望して
自殺を図ったとも考えられます。
佃がかよ子を犯人に見せようと計画したというのは納得できます。
本当に自殺に見せかけるなら
部屋に他の人がいた痕跡を消すことはできたはず。
最初に園子の兄が部屋に入った時から
不自然だとは思いました。
(わざわざ他人がいた痕跡を残していることが。)
加賀がかよ子の利き手にビデオで気づいた、というのは盲点でした。
でも袋を破る時だけ左利きというのは不自然な気がします。
小山田さん コメントありがとうございます。
>混乱しました。2つ目の薬袋を破ったのが園子なら
>園子の自殺を否定する決定的な理由が
>無くなるのではないですか?
そうですね。その通りだと思います。
この『つづき』を書いた当初(2009年の9月)なら、コメントで意見のやり取りをしたと思いますが、今は細かい部分の記憶が曖昧なので、混乱させてごめんなさい、としか言えません。
この『つづき』も自分を納得させるのが目的で書き始めて、書いていくうちに東野さんが、これがキーポイントだよ、って示してる部分も実は違うのではないかと疑いだしていろいろ『こじつけ』を増やしていったものになります。
その大きなポイントが、薬袋の破り方でした。はっきりと書かれていないんですよね。指紋、破り方について。
そこから、想像を膨らませました。
別にこの部分は、佃が破ったことにすればよかったのですが、書いていくうちに康正が知らなかった真相を付け加えたくなって考えたものです。
「加賀がかよ子の利き手にビデオで気づいた」というのも、こちらの想像です。加賀なら、しっかりとした根拠を元にしているはずと思うので、
「袋を破る時だけ左利き」というのは、なんとなく自分がそうなんです。
ペン、ハサミ、カッター、包丁などは右利きなんですが、袋を破る時は左利きなんです。
この小説を読んではじめて気がつきました。
普段の生活では、左利きの手付きに誰も気が付かないと思います。自分も知らなかったし。
ただスポーツでは左利きが目立ちます。バット、ゴルフの構えは左利きです。テニスは右利きなんですが、、
なぜこういう使い分けになっているかは、自分でもわかりません。
何も考えずに行動すると、勝手に利き手が変わっています。
不自然でごめんなさい。