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解決の章 パターンY【私が彼を殺した】真犯人は雪笹香織





目次

「私が彼を殺した」解決の章 パターンY

「犯人はあなたです」
全員の視線が加賀の指先に集中した。ゆっくりと動いた指先がある人物を差して静止した。差された人物は大きく目を見開き、瞬きするのも忘れているようだった。
「やっぱり」
「そうだったのか」
指を差されなかった二人が犯人を見ていった。
犯人にされた人物は、加賀の指先を切れ長の目を大きく開き見詰めた。そして、ソファから勢いよく立ち上がると口を開いた。


「まったく分からないわ」加賀に指を差されたのは雪笹だった。「さっきから確認してたじゃない。結婚式の日、カプセルを仕込むチャンスはなかったって、あたしよりよっぽどこっちの二人の方が怪しいんじゃない」
駿河と貴弘を見ていった。
「怪しいか、怪しくないかは問題ないんじゃないかい」駿河は余裕の表情で雪笹を見た。「なあ、加賀さん」
「そんなことないわよ」雪笹は認めようとしなかった。「あたししか知らない指紋なんて、全く検討がつかないし、ここにあるものなんて、全員が知ってるんじゃないの?」
雪笹はテーブルに並んだ写真に指を差し、そこにあるいくつかの顔を眺めた。しかし、加賀の顔だけは見なかった。
「本当に知りませんか?」加賀が写真に手を伸ばす。「これに覚えは?」
雪笹の顔の前に写真が突き出された。
「美和ちゃんのバッグでしょ。そんなの知ってるわよ」
言葉の最後に力がなくなっているのを全員が感じた。
「美和子のバッグに間違いないと思いますが、違うのですか?」
貴弘は加賀に訊いた。
「美和子さんが持っていたものに間違いありません。しかしまた、美和子さんのものではなかったのです」
駿河は不思議そうな表情で聞いている。貴弘が口を開いた。
「ということは、これは美和子のバッグと同じタイプのもので、美和子のバッグではないということですか?」貴弘は続けた。「じゃあ、美和子のバッグは今、どこにあるんですか?」
「2つの質問ですね。普段なら質問は受け付けない所ですが、今回は特別です」加賀がゆっくりと言葉を続けた。「一つ目の質問の答えですが・・・」
加賀は一旦話すことを止め、美和子の方を見た。
「美和子さんにひとつ確認したいことがあります」
美和子は小さく頷いた。加賀はバッグが写った写真を手に取った。
「このバッグですが、これはあなたが購入した物ですか?」
美和子は首を微かに横に動かした。
「では、誰かにプレゼントされた」
美和子は小さく首をたてに動かした。
「穂高だろ」駿河が投げ捨てるようにいった。美和子は頷いていた。
「あいつは、付き合う女にいつも高価なプレゼントを贈っていた。女の意思なんて関係ない。高価なものを与えれば女はみんな喜ぶと思ってたんだ」
駿河は言い終わると、全身から力が抜けた様子で一旦天井を見詰めたあと、うなだれ、そして頭を抱えた。



再び加賀が話し始めた。
「このバッグは、穂高さんが美和子さんにプレゼントした物で間違いありませんか?雪笹さん」
「あたし?」雪笹は突然訊かれ驚いた様子だった。「え、ええ、美和ちゃんだって、そうだって頷いてるんだし、そうなんじゃないの?あたしに聞かれても、美和ちゃんより知ってることなんてあるわけないでしょ」
「そうですか?」加賀の声は挑戦的だった。「このバッグについて、誰も知らないことをあなたは知っている」
今まで強気だった雪笹の表情が少し険しくなった。雪笹が反論しないことを確認し、再び加賀は話し始めた。
「私はこのバッグについて調べました。誰もが知る高級ブランドのバッグです。恥ずかしながら私は高級ブランドについてほとんど知識がありませんでした。お店に行くと、店員がとても丁寧な対応してくれました。このバッグのことについて訊くと、とても特殊なバッグであることを教えてくれました。ブランドの何周年目かの記念の物で、日本にはほんの少ししか入ってきていない物でした。そして、シリアルナンバーが刻印されており、正規のブランドショップで販売されたものであれば、世界中の誰がいつ購入した物かということまでわかるバッグだったのです。行き届いた保証のための管理だということでした」
そこにいた全員が驚きの表情をした。雪笹一人を除いて。
「私は美和子さんが穂高さんと付き合い始めてからの期間に、美和子さんが購入したことがあるか調べました」加賀は雪笹の表情を伺いながら話しを続けた。「しかし、美和子さんの名前はありませんでした。それは当然のことでした」
全員が視線を加賀に向けた。
「私は先程、このバッグがブランドの何周年目かの記念に発売されたものだといいました。このバッグが発売されたのは、美和子さんが穂高さんと付き合うずっと前だったのです」
全員が驚きの表情を見せる中で、雪笹だけは違った。
「だからなんだというの?」挑発的に雪笹はいった。
「お聞きになりたいですか?」落ち着いて加賀は返した。雪笹は勢いを失い黙った。「では、バッグについてもう少しお話しましょう。穂高さんがこのバッグを購入したことは間違いありません。その当時のことを私の想像で話させていただきます。穂高さんは当時結婚していました。しかし、他に付き合っている女性がいました。その女性と穂高さんはブランドショップを訪れます。そこで例のバッグを女性にプレゼントすることにしました。普通であれば、購入した穂高さんが所有者としてサインをするところですが、バッグの所有者は一緒にいた女性です。その女性がサインをしました。そしてそれから、穂高さんは何を血迷ったのか、奥さんにも同じバッグを購入することにしたのです。穂高さんの奥さん名義のサインが穂高さんの筆跡で残っていました」
加賀は一旦そこで言葉を止めた。



「あいつは馬鹿。ほんと馬鹿。とんでもない馬鹿。・・・どうしようもない・・・」
雪笹が呟いた。
「あの時、あたしはあのバッグをあいつが買ってくれるといって、ほんとに喜んだ」雪笹が誰に向かうでもなく話し始めた。「そしたらそんな貴重なものなら、同じものを奥さんにプレゼントするって言いはじめて・・・」
雪笹は険しい表情を浮かべていた。言葉が聞こえなくなった。しかし、彼女の口は微かに動いていた。
「ということは」貴弘が話し始めた。「この写真のバッグは最低2つ、美和子の持っている分も含めるともしかして3つあったということですね。雪笹さんは同じバッグを持っていた。どこかでバッグごと交換することが可能であれば、カプセルを仕込むことができたかもしれない」
「なるほど」加賀は全く感心していない。「しかし、万が一バッグが交換されている時に、美和子さんがバッグの中を覗くことがあれば、異常に気が付かないはずはないでしょう」
貴弘は話すのをやめた。
「一つ目の質問の答えがずいぶん遅れてしまいました。2つ目の質問の答えはもういう必要はありませんね」加賀は貴弘を見ていった。「この写真のバッグは美和子さんのもので間違いありません。しかし、それは元々穂高さんの前の奥さんのものであったのです。警察で詳しくこのバッグを調べて見つかった、身元不明の指紋。それは前の奥さんの指紋だったのです」
美和子は驚いた。その様子から初めて知らされたことだということが分かった。加賀は続けた。
「美和子さんがこのバッグを使い始めた時、雪笹さんにはどういったバッグであるのかよく分かっていたと思います」
雪笹は何の反応も見せなかった。駿河が口を開いた。
「あいつらしいな。ほとんど使われてないバッグがあったから、軽い気持ちでプレゼントしたんだろうよ。とにかく、雪笹がそのバッグのことを知っていたということは、よくわかったよ。それでこのバッグを使って、どうやって毒入りカプセルを仕込んだんだい。教えてくれ」
「バッグについて、私はみなさんに謝らなければなりません」加賀は深く頭を下げ、少し静止したのち頭を上げ再び話しはじめた。「このバッグ。先程もお話ししたとおり、バッグごとすり替えるのは不可能でした。雪笹さんもそんなことは考えなかったと思います。現に雪笹さんはこのバッグを所有しているかどうかは私にはわかりません」
「そんなバッグ。すぐに捨てたわよ」
雪笹が口を挟んだ。
「はい・・」加賀は同意した。「バッグを証拠として示したのは、その詳しい事情をしるのが雪笹さんであるという一点だけです。カプセル交換については、全く関係性はありませんでした。もっともらしく証拠品だと提示してもうしわけありませんでした」
加賀はもう一度深く頭を下げた。
「何度も頭を下げなくていいよ。俺が知りたいのは、雪笹がどうやってカプセルを仕込んだのか、ってことだ」
駿河は苛立ちを見せた。雪笹は話すつもりはなさそうだった。



「雪笹さんがどうやって仕込んだのか・・」加賀は美和子を見た。
「こいつが協力したってことか!それならいつでも仕込めるって訳だ」駿河は美和子を見て声を荒げた。「さんざん悲劇のヒロインぶりやがって」
「違います!」加賀は駿河を静止した。「駿河さん、とにかく私の話を最後まで聞いてください」
駿河は、少し落ち着きを取り戻した。その様子を見て、加賀は口を開いた。
「雪笹さんがどうやって仕込んだのか・・」もう誰も口を挟まない。「彼女が毒入りカプセルを仕込んだのは、結婚式の当日。すなわち、穂高さんが死んだ日で間違いありません。当然、穂高さんが死ぬ前にカプセルは仕込まれたことになります。カプセルがピルケースに入ってから、交換するチャンスがなかったことは、先程のやりとりの中で確認できました。すると、カプセルが薬瓶の中にある時に交換されたということになります」
加賀は薬瓶の写真を取り上げ、美和子に見せた。
「あなたは、この薬瓶を結婚式の当日、常にそばに置いていましたか?」
美和子は少し思い出す表情をした後、話しはじめた。
「あの日の朝、あたしは兄と一緒にティーラウンジに行きました。そのときバッグは持っていたのですが、薬瓶とピルケースをホテルの部屋に忘れてしまいました。その時はあたしの近くにそれはありませんでした」
「ありがとうございます。それであなたはそれを御自身で取りに行かれたのですか?」
「あの時、確か、あたしは雪笹さんと西口絵理さんと一緒に美容室に行くことに急いでいて、薬瓶とピルケースのことを忘れてしまいました。美容室で準備が始まってから、そのことを思い出したあたしは、雪笹さんに部屋に取りに行ってくださいとお願いしました。あたしは雪笹さんに部屋の鍵を預けました。雪笹さんは西口さんに声を掛け、一緒に美容室を出て行きました」



「そうよ。あたしは常に西口と行動を一緒にしていた。あたしがカプセルを仕込んでいないことは彼女が知っているはず」
雪笹が突然、口を挟んだ。
「そうでしょうか?」加賀は手帳を広げた。「西口さんからも証言をとってありますので、まずはお聞き下さい。美容室から出た後、お二人はエレベーターに乗りました。その時、雪笹さんは仕事の関係で急ぎの用があると携帯で電話を掛けたということです。一度電話を終え、目的の階のホールに到着した時でした。今度は雪笹さんの携帯が鳴りました。電話を取るとロビーで再び仕事の話を始めました。西口さんは電話が終わるのを待つことにすると、雪笹さんは一旦、電話の通話口を手で塞ぎ、西口さんに、バッグを美容室に忘れてきた。そこに今の電話に必要な重要なメモが入っているから急いで取ってきてくれ、と頼んだそうです。西口さんは急いで美容室に行き、雪笹さんのバッグを持って戻りました。エレベーターホールにいた雪笹さんは、携帯でまだ話をしていたそうです。バッグを渡すと手帳を取り出し、それから少し話をしたあと、携帯をきったそうです。通話記録からも、雪笹さんが携帯を使っていたのは間違いありません。西口さんの証言通り、相手も仕事関係の人でした。それから、西口さんは雪笹さんと一緒に美和子さんの部屋に入り、西口さんが薬瓶とピルケースを持って美容室に戻ったそうです。その際、雪笹さんは一度も薬瓶とピルケースに触れることはなかったそうです」
「そうよ。あたしは常に西口と一緒に行動した。そして、ピルケースと薬瓶には一切触れていない。触れたのは西口よ。それのどこかおかしいところがあるかしら?」
「あるだろ」雪笹の問い掛けに、駿河が食いついた。「おまえはエレベーターホールでひとりになった。その時、部屋に忍び込みカプセルを交換したんだろ。携帯で話しながらでも十分可能な作業だ」
「あたしが部屋に入った証拠でもあるの?」
「穂高が死んだ。それで十分だろ」
「あいつが死んだからって、証拠になるわけないでしょ」
雪笹は冷静さを失い掛け、宝塚張りのオーバーアクションで両手を広げた。
「まぁまぁ」駿河は不気味な笑みを浮かべた。「証拠がないのに、おまえを犯人だなんていわないよな。なぁ、加賀さん」
加賀の冷静な顔をみた雪笹の紅潮した顔が、一気に白くなっていくのが分かった。
「証拠ですか」加賀はポケットから何かをだした。一枚の紙だった。「ここに。ある記録があります」
その紙には数字が並んでいた。
部屋番号と時刻。
「あのホテルでは、入退室の時刻を管理されていました。利用者の方が気分を害するので、公にはされていませんが、管理の効率化、人件費削減のためということでした」
加賀は指を差した。
「ここに、美和子さんの部屋に関する記録があります。雪笹さんが電話を掛けていた時の記録です・・・」

日曜日、静かな住宅街の昼下がり、女性の咆哮(ほうこう)がこだました。



パターンY(あとがき)

雪笹香織を犯人にしようと考えました。
袋綴じ解説は無視しています。

カプセルを交換する機会はすぐに思いつきましたが、
単独で行動するはずのない雪笹をどう一人にするかで悩みました。
証拠品と指紋については、犯行と直接関係ありませんが、
加賀が犯人の名前を言う前に、お前が犯人だぞ、と気づかせるために用意したものと解釈することにしました。

美和子のバッグが穂高からのプレゼントだということは、
浪岡準子が穂高からたくさんのブランド品を受け取っていたことから、ありえると考えました。
また、美和子と結婚が決まってから前妻の荷物を処分(駿河の部屋へ)しているので、それまでは穂高が所有していたとしてもおかしくない。お金の工面に苦労していた点から、浪岡準子にも神林美和子にも結婚していた当時の妻のものを渡していた可能性もあるのでは。
駿河の部屋には開封されていない前妻の段ボールがあった、とはありますが^^

「私が彼を殺した」のつづき パターン別

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