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解決の章 パターンM【私が彼を殺した】真犯人は神林美和子





目次

「私が彼を殺した」解決の章 パターンM

「犯人はあなたです」
全員の視線が加賀の指先に集中した。ゆっくりと動いた指先がある人物を差して静止した。差された人物は顔を伏せたまま動かなかった。そこにいた全員が驚きの表情をし、言葉を失っていた。加賀を除いて。

「犯人はあなたです。間違いありません」
加賀はもう一度いった。
「そんなはずはない」神林貴弘は突然立ち上がり、加賀に詰め寄る。
「美和子が犯人だなんて、、、そんなこと」
貴弘は美和子を見る。白いドレスを着た美和子は、人形の様に一点を見詰め、ただ黙っているだけだった。

駿河は、それまで緊張していた体勢を崩した。
「こいつは、驚いた。今まで悲劇のヒロインぶってたやつが犯人とは。加賀さん。真実っていうのはホント、小説よりも面白いな。これを文字にすりゃ俺も売れるかもな」
駿河はいやな笑いを浮かべた。雪笹は汚いものを見るような目を駿河に向けた後、ソファから立ち上がり、美和子に歩み寄った。
「ホントなの、美和ちゃん」美和子の両肩をつかみ揺すった。「ねえ、何とかいってよ。違うなら、違うっていえばいいのよ」
美和子は何も答えなかった。
貴弘は再びソファに腰を下ろし、何かを考えている。駿河は煙草に火を付け、何かを考えている。雪笹は美和子の肩を掴んで放さない。美和子が何か発するか言葉を待っていた。



天気のいい日曜日の昼下がり、5人の男女がいる大きなリビングルームは静まりかえっていた。
「それでは、美和子さん。署の方に御同行願います」
静寂を破り、加賀は礼儀正しくいった。美和子に近づくと、雪笹に離れるよう指示をし、美和子に手を伸ばした。
「このまま美和ちゃんを渡す訳がないでしょ!」雪笹の声が響いた。「どこにそんな証拠があったというの、いままでの話の中で。だいたい、容疑者はあたし達3人だったはずよ。美和ちゃんが犯人だなんて、どうかしてる。いつ彼女がカプセルを仕掛けたっていうの」
「そりゃ、いつでも仕掛けられるだろ」駿河は馬鹿にしたような目を雪笹に向けた。
「そんなのわかってるわよ」雪笹はあせった。自分でも馬鹿なことをいっていると感じた様子だった。「とにかく。そうよ。・・・美和ちゃんは毒入りカプセルを持ってなかったはずよ。いつ浪岡準子のカプセルを手に入れたっていうの」
「自分で用意したんだろ、前日ピルケースにいつ入れたか分からないカプセルを見て思いついたんじゃないか?それで、たまたま持っていた硝酸ストリキニーネをカプセルに入れて、穂高を殺したんだよ」
「すごい偶然ね。たまたま同じ毒物だったってこと」
「そうだ。現実は、小説以上ってことだ」
駿河は、持っていた煙草を灰皿で力強く揉み消し、加賀を見た。
「加賀さん。教えてくれ。さっきまで犯人扱いされて、俺も気分が悪い。正義ぶってた奴がどうやって穂高を殺したのかを」
それに続き、雪笹も教えて欲しいと請うた。それまで何も言わず黙っていた貴弘が立ち上がった。
「僕には信じられません。美和子が犯人だなんて、このまま美和子が連れて行かれてしまっては、僕はどうしたらいいかわかりません。僕自身、どうなってしまうかわかりません。教えて下さい。加賀さん」貴弘は頭を下げた。「お願いします」

加賀は、貴弘の表情を確認すると、体を貴弘の方に向けた。
「貴弘さん。分かりました」
再び、リビングルームが沈黙した。美和子を除いた3人はソファに腰を下ろした。そして視線を加賀に向けた。
「それでは」加賀の声で沈黙が破られた。「まず、貴弘さんに確認したいことがあります」
「はい」
「あなたは、もう一錠毒入りカプセルを持っていましたね。それは今何処にありますか?」
「それはですね」貴弘は少し悩んだ表情をした。「捨てました」
「捨てたのですね」
「はい。猫の実験をして、僕は怖くなりこのまま持っていては間違いを犯すかも知れないと思い、捨てました」
「どちらへ捨てられましたか」
加賀は真剣な目を貴弘に向けた。貴弘はそれに耐えられない表情をした。
「ホテルへ戻るまでの間です。道の脇の植え込みに。確か捨てました。間違いありません」
「あなたは、猫が苦しみ死んだカプセルを道ばたに捨てたのですね。分かりました」
加賀は了解した。それを見た貴弘は少し驚いた表情をした。

「神林さんの2つのカプセルの行方がわかりました。1つはここ」加賀は自分のポケットの当たりを触れた。「もう一つは、道ばたの植え込み」
加賀は薬瓶の写真を取り上げた。
「この薬瓶とは違いますが、浪岡準子さんの部屋にあった薬瓶。最後まで行方の分からなかったカプセルは2錠でした。1つは神林さんの1錠。もう一つは、浪岡準子さんの部屋から持ち出された1錠です」
加賀は駿河と雪笹の顔を交互に見た。
「どちらかがカプセルを盗んだのは明白です。そろそろ告白していただけませんか?」
駿河と雪笹はお互いの顔を見合わせた。
「俺だ」駿河だった。「俺が盗んだ・・・」
駿河はその後も言葉を続けようとすると、加賀はもういいですよ、と静止した。
「ありがとうございます。正直に話していただき」
加賀は駿河に頭を下げた。
「これで、駿河さんは2錠持ってたことがわかりました。1錠は神林さんへ脅迫状と一緒に渡したことは確認できました。あと一錠は、先程の駿河さんによると、捨てたということでした。捨てたかどうかの真実は私にはわかりません。しかし、私が美和子さんが犯人だと指摘する前の議論から、みなさんの行動は把握しました。駿河さんにカプセルを交換する機会は’なかった’と考えて、間違いありません」
加賀はピルケースの写真を手に取った。
「可能性として、穂高さんがどんなピルケースを使っていたのか知っている駿河さんであれば、それを事前に用意し、駿河さんがピルケースを西口さんから受け取りポケットに入れたときに、ピルケースを交換した可能性も否定できませんが、雪笹さん、西口さんの指紋がピルケースにはっきりと残っていたので、それはありえません」
駿河は細い腕を胸の前で組み、大きく頷いていた。
「すると、やっぱり美和ちゃんが自分でカプセルを用意したってこと」
雪笹は加賀に訊いた。
「神林さんの告白が正しければそうなります。浪岡準子さんのカプセルを美和子さんが手にする機会は失われたのですから」
貴弘の顔から血の気が引いていた。
「僕は」貴弘は小さく口を動かした「なくしたんだ」微かに聞き取れるほど小さな声だった。
美和子は何も言わないまま下を向き人形のように立っていた。表情は髪で隠れわからない。他の全員が貴弘を見詰めた。
「神林さん!」加賀は語気を強めていった。「美和子さんのためです。本当のことをお話ください」
「加賀さん」貴弘は少し気を取り戻した様子だった。「何を話せばいいんですか。僕にはわかりません」
「神林さん。私が確認したいことは、カプセルがどう動いたのか、ということです。あと少しで真実が分かるでしょう。ここにいる全員があなたと美和子さんの関係を知っています。辛いでしょうが、結婚式前日のあなたと美和子さんの行動を全てお話ください」



神林貴弘は大きく深呼吸した後、話しはじめた。

美和子と別れ、本屋により、コンビニに寄った。猫に出会い、別れ、それからホテルに戻った。ティーラウンジで本を読みながら美和子を待ち、合流してから日本料理店に行った。

貴弘は思い出しながら、できるだけ詳しく話した。
「ありがとうごさいます。美和子さんと過ごした日本料理店からのこと、特に詳しく思い出していただけますか」
加賀は促した。
「はい」貴弘は頷いた。「日本料理店での食事中、僕と美和子はほとんど話をしませんでした。食事が終わり、お茶を飲んでいるときでした。美和子が口を開きました。以前一緒に食事をしたのはいつだったか、今度はいつ食事をするだろうか、といったことでした。あと、僕の結婚についても話しました。僕ははぐらかしましたが」貴弘は一瞬美和子を見たが、すぐに視線をそらした。「それから美和子が薬を飲むといってバッグから薬袋を出しました」
「このバッグですね」加賀はバッグの写真を手に取った。
「はい」貴弘は頷いた。「カプセルのことが気になっていた僕は、美和子に他にどんな薬があるのか聞きました。そして、これがあることを確認しました」薬瓶の写真を差していった。「カプセルを穂高さんしか飲まないことを確認すると、美和子はピルケースを部屋に忘れてきたといいました。それから、美和子は薬瓶を僕の手に残したまま、お手洗いに行くため席を立ちました」
「さすがだな、加賀さん」駿河が口をはさんだ。そして貴弘を見ていった。「こいつがいよいよ犯行を自白するんだな。その時カプセルを交換したって・・・」
加賀は人差し指を口の前に当て、駿河に強い視線を送った。駿河は黙った。
「美和子が席を立ち、僕はポケットにあったカプセルを取り出しました。掌にあるカプセルと瓶の中にあるカプセルは全く同じでした。それぞれを交互に見詰め続けていました。すると奥から美和子が戻ってくる気配を感じたので、僕はカプセルをポケットに戻し、瓶をテーブルに置きました。美和子は席に戻ると、薬瓶を袋に入れ、再びバッグに仕舞いました」
駿河は何か言いたそうだったが、こらえた。
「それからどうされましたか?日本料理店を出てからです」加賀は訊いた。
「美和子と二人で店を出たあと、部屋に戻りました」ここで貴弘は言葉をためらった。話しづらそうにしていた。
しかし、誰も口を開かない。沈黙に負け、貴弘は口を開いた。
「僕は、美和子に部屋に来ないかと誘いました。当然ですが、断られました。それを聞き、僕の気持ちは諦めたはずでした。しかし、美和子が扉を閉めようとすると、僕の体は勝手に動き、扉を体で押さえていました。押さえつけている間、僕は美和子の唇に目を奪われていました。冷静な考えはできません。自分を押さえつけることができないと思った瞬間でした。美和子から声を掛けられ、僕は正気に戻りました。それから美和子は僕をドアで押し出し、部屋に入るのを締めました。僕はドアの外で立ちつくしました」
貴弘は誰とも視線を合わさなかった。
「ありがとうございます」加賀が頭をさげた。「辛いことを告白していただき、本当に感謝いたします。これでほぼ私の考えは間違っていないことが判明しました」
「わからねぇ」駿河は怒鳴った。「黙って聞いてりゃ、こいつらがいつ薬を仕込んだのかわかると思っていたが、さっぱりだ」貴弘と美和子を交互に見ていった。
「僕にもわかりません。美和子がいつ毒入りのカプセルを手に入れたっていうんですか?」貴弘は全てを告白し、顔色はずいぶんと良くなっていた。



加賀は姿勢を正し、そこにいる全員を見た。
「みなさんにこれから話させていただくことは、私の想像が入っていることをご承知いただきたい」
3人は頷いた。
「美和子さんが浪岡準子さんのカプセルを見たのは、結婚式前日の土曜日、このリビングルームです。その時、カプセルはピルケースの中に入っていました。そのカプセルはゴミ箱に捨てられることになります。この時、美和子さんにとって、そのカプセルは、単に期限の切れた飲んではいけないカプセル、程度のものだったと考えます」その場にいた全員が頷く。美和子は動かない。
「その後、美和子さんは再びカプセルを目にする機会を得ます」
「日本料理店か!」駿河が思いついたように言葉を発した。
「そうです」加賀は頷いた。「先程、貴弘さんが告白しました。美和子さんがお手洗いに行っているときに、カプセルを掌に載せていたと」
「そんな、カプセルが掌にあったっておかしくないんじゃ」貴弘はうろたえた。
「おかしくありません。瓶から取り出せば、いくらでもカプセルはありますから」
「なら、・・・」貴弘が言葉を続けようとしたのを加賀は静止した。
「カプセル自体、何ら疑う必要がありません。しかし、美和子さんはあなたの行動に疑問を持った。あなたは手にしたカプセルをポケットに仕舞ったのです。それを遠目に美和子さんに見られていたのです」
「なるほどな」駿河は頷いた。加賀は続けた。
「神林さんの不可思議な行動を目撃した美和子さんは、袋に薬瓶を戻すとき、カプセルの数を確認したのだと思います。瓶の中には10錠あった。兄が瓶から1錠取り出したのであれば、9錠になっていなければいけない。その時美和子さんは、不可解なカプセルの存在を知った。なんのために兄はカプセルを持っているのか、当然、昼間に見たピルケースのカプセルの存在とも絡めて疑問に思ったと思います」
「そして、美和ちゃんはそれを盗んだというの?」雪笹は訊いた。
「そうです」
加賀の答えに、貴弘が返した。
「いつですか?僕が寝た後ですか?僕はあの日、ほとんど寝られなかった。慣れない酒を飲みいつのまにか寝てしまっていたけど、美和子が僕の部屋に来なかったことは確かです。部屋は外からは開けることができなかったはずですし」
「そうですね。美和子さんはあなたの部屋には訪れていないはずです」
「じゃあ、いつ美和子がカプセルを盗んだというんですか?」
「その前に、あなたはいつカプセルを失ったことに気がつきましたか?」
質問を質問で返された貴弘は、少し戸惑った表情を見せ答えた。
「慣れないお酒を飲んでいるときです。お酒を飲みながら、カプセルのことを思い出しました」
「ふふっ」雪笹が嘲笑った。「馬鹿ね。加賀さんあたしには分かったわ、いつこの兄から妹がカプセルを盗ったのか」
「教えて下さい。加賀さん」貴弘は雪笹を一瞬見た後、加賀を見た。貴弘の思考は停止しているのだろう。貴弘にとって信じられないことが多すぎた。
ゆっくりと加賀は口を開いた。
「あなたが心を奪われたときです」加賀は貴弘を見ていった。あっ、と貴弘は声を漏らした。「あなたの全神経は目に集中し、目は美和子さんの唇に向けられていた。その時、美和子さんはあなたを静止させるのと同じくらい気がかりなことがあった。ポケットに仕舞いこまれたカプセルです。その時、彼女はたやすくポケットからカプセルを盗んだのだと思います」

妹を殺人者にしてしまった兄は項垂れ、床に崩れ落ちた。
妹は人形のように動かないままだった。

「こいつは」駿河が美和子を見ていった。「結婚式の日に、新郎を殺そうと考えていたのか。怖ろしい」
駿河がいい終わった時だった。
「あぶない!」加賀が声を上げた。バタンッ!直立の姿勢のまま美和子が倒れた。
美和子は気を失っていた。それまで床に倒れ込んでいた貴弘は起き上がり、美和子に駆け寄ると手を掛けようとした。
「そのまま動かさない方がいい。危ない倒れ方だ。私は救急車を呼びます」
加賀は貴弘を制止すると、すばやく携帯で連絡した。



張り詰めたその場の空気が少し落ち着いた頃、加賀が口を開いた。
「駿河さん。美和子さんが穂高さんを殺そうとした件ですが、それは違います」
全員が驚いた表情で加賀の顔を見た。
「どういうことですか?加賀さん」貴弘が訊いた。
「美和子さんには、穂高さんを殺す意志はなかったということです」
貴弘は驚き、戸惑い、そして再び加賀の話に耳を傾けた。
「美和子さんは神林さんからカプセルを手に入れました。しかし、それがどういったカプセルかはわからない。神林さんのように実験をしたわけではありません。雪笹さんや駿河さんのように、浪岡準子さんが自殺に使ったことや穂高誠に飲ませようとしたことも知りません。あなた方のように、人が死ぬ毒が仕込まれているということを知らなかったのです」
加賀はそこにいる3人の顔を鋭い視線で見た。3人はうろたえた。
加賀は気を失った美和子を見ると、再び話し始めた。
「美和子さんはこう考えたのではないでしょうか。兄は穂高さんとの結婚を嬉しく思っていない。そんな兄は、穂高さんに恥をかかせよう。そして、いたずらしようと考えたのではないか」
貴弘は苦痛の表情で下を向き、首を左右に振った。加賀は話を続けた。
「料理店で鼻炎薬のことを聞いてきた神林さんに、美和子さんがそういった疑いを持ってもおかしくないと思います。カプセルは土曜日の昼間、このリビングルームでピルケースから捨てられたものをゴミ箱から拾えば済むわけですから」
全員がゴミ箱のほうを見た。
「そうやって手に入れたカプセルを使って、神林さんはいたずらをしようとしている、と美和子さんは考えた。いたずらは簡単です。砂糖を入れてもいいし、小麦粉を入れてもいい。極端な話、カプセルの中身を取り出して、空っぽにすればいいのです。そうすれば、結婚式当日、新郎は鼻水をたらして恥をかくことになるのですから」
貴弘は頭を抱えた。呼吸が荒くなっているのがわかる。加賀は話を続けた。
「美和子さんにしてみれば、ピルケースにいつでもカプセルを入れることができます。朝、部屋に薬瓶とピルケースを忘れたり、美容室にバッグごと忘れたり、ギリギリになってようやく、薬瓶からカプセルをピルケースにいれる。どうしてそんなことになったのでしょう。彼女はいつでもピルケースにカプセルを入れ、ピルケースさえ持てばいいのです。しかし、それをしなかった。おそらく、お兄さんのいたずらを実行するかどうか、その間、ずっと悩んでいたのでしょう。軽いいたずらのつもりで」
貴弘は声をあげ、涙を流した。
加賀は貴弘の方を一度みると、全員に向かって冷静にいった。
「実は、今までみなさんにお話ししていない事実があります」
貴弘の嗚咽が止まった。
「穂高誠さんは、浪岡準子さんのカプセルを飲んで死にました。そしてさらに詳しく調べてわかったことなのですが、彼はもう1錠薬を飲んでいました。」
「なんだって」駿河は声を出し、驚きの表情で加賀を見た。他の二人も驚きの表情を隠せない。
「穂高さんが、硝酸ストリキニーネを飲んだことはみなさんご存知だったと思います。彼はそれとは別に普通の鼻炎薬を飲んでいたのです」
駿河は何かを言おうとしたが、加賀の言葉を待つことにした。
「おそらく、美和子さんは神林さんからこっそり盗んだカプセルを最初からピルケースに入れていたと考えられます。そして、控え室で雪笹さん西口さん神林さんの前で入れた一錠は、普通の鼻炎薬であったと考えられます」
駿河は首を傾げていたが、何も言わなかった。
「土曜日、書斎での出来事を思い出して下さい。穂高さんは一錠飲んだ後、時間をそう空けずに続けてもう一錠飲んだのでしたね」
駿河と雪笹は頷いた。
「それでは考えてみて下さい。結婚式の当日のことです。穂高さんに渡すカプセルが一錠だというのは新しく妻となる人として、おかしいと思いませんか」
「そうだ」雪笹が声を上げた。「思い出した。書斎で穂高は、二錠ほど持っていることにする。っていってた」
「そうですか」加賀が頷いた。「新しい情報ありがとうございます」雪笹に頭を下げ礼をいった。
「これまでの話をまとめます。美和子さんは、カプセルの交換はしていません。神林さんから盗んだカプセルを1錠、みなさんの知らないところ、--ホテルの部屋であったかも知れません。それをピルケースに入れ持っていた。そして、控え室。雪笹さん、西口さん、神林さんの前で薬瓶からカプセルを1錠入れた。穂高さんが飲む前、ピルケースにはカプセルが2つ存在していた。」
誰も加賀の話を遮らなかった。加賀は続けた。
「美和子さんは、軽いゲームのつもりだったのでしょう。もしも、穂高さんが神林さんのカプセルを飲んでも、鼻水を垂らして大勢の前で恥をかくだけと思っていたのだと思います。その時は、神林さんにも、酷いことをする、と詰め寄るつもりだったのかもしれません。そしてもうひとつのカプセル。普通の鼻炎薬を飲めば、穂高さんは鼻水を垂らすことはなく滞りなく何事もなく式は進むと考えていたのだと思います。どっちになるのか、そんなゲームだと思っていたのではないでしょうか」
加賀は再び、美和子に視線を向けた。
「しかし、穂高さんの考えは少し違っていた。結婚式という晴れ舞台。世間が注目する女流詩人との結婚式という話題性。鼻水を垂らす無様な格好をさらすことがないよう、念には念を入れて、ピルケースに入った2錠のカプセルを全て飲んでしまった」
加賀は顔を伏せ、首を左右に振った。

「あの時はどうだったの」雪笹は駿河に訊いた。「あんたがピルケースを受け取ったとき、中身を確認したわよね。何錠入っていたの」
「さっと一瞬見ただけだから、よく覚えていないが。俺が気が付いたのは一錠だった。しっかり中を見たわけじゃないから、もしかしたら、他にも入っていたのかもしれないな」
雪笹は呆れたように駿河を見た。
「そうなの。二錠以上あったのなら、私達二人が疑われる可能性はぐっと低くなったんじゃないの」
「そうか・・・」
駿河はよくわからない、という表情をしながら頭を掻いた。



「加賀さん。教えて下さい。美和子はどうして、ここに全員を集めたのですか。あなたなら何かわかるんじゃないですか」貴弘は訊いた。
加賀は頷くと、ゆっくりと口を開き、話し始めた。
「美和子さんは、自分が穂高さんを殺したという状況を理解するのに、相当悩んだと思います。自分でなければ誰が殺したのかも含めて。美和子さんが自首をすれば、彼女が穂高さんを殺害したということで事件は終わったでしょう。それも偶然が重なった不幸な殺人事件として。穂高さんが誰に恨まれていていたのか、何が起きていたのか、ということは一切分かりません。美和子さん自身、何も知らなかったのですから」

加賀はそこまで話すと、突然姿勢を正した。
「ここで告白させていただきます」加賀が全員の顔を改めて真剣な目で見た。そこにいた全員が同じく真剣な目をした。
「私はここへ来たとき、美和子さんの指示によるものだと話しました。しかし、それは違います。私は以前から、皆さんのことと同じく美和子さんのことを疑っていました。今朝、美和子さんから連絡があったとき、私は告白を受けました。自分が犯人であると。それから彼女は訴えました。そのまま捕まってしまっては、本当のことがわからないまま終わってしまう。真実を知りたいと。私は悩みましたが、このままだと確かに真相を知る機会を彼女は失うのではないか、と判断し、そして協力することにしたのです」
聞いていた全員が言葉を失った。
「私と美和子さんは、彼女自身が納得した際、それを示すためのセリフを決めていました。彼女が最後に言った言葉。覚えていますか?」
「とにかく早く答えを教えて。だったかな」貴弘が呟くように答えた。
「そうです。それが美和子さんがだいたいの事情を理解したという合図でした。彼女は素晴らしい演技をしました」
加賀は納得するように頷いた。
「この3つの証拠品についてですが」加賀はテーブルに置かれた写真を指差した。「実はみなさんが知っている以上に、事件とは深く関係していません。指紋についても実は疑わしい物は何ひとつありませんでした。私はこの写真を出してから、美和子さんを犯人と指摘しました。それらは、全て美和子さんから頼まれたことです。私が常に携帯していた写真の中から、美和子さんと一緒に選んだ3枚を使っただけのことです。もしかしたら、新たな真実がわかるかもしれないという彼女の意向でした」
加賀はテーブルに散らばっていた写真を取り上げると、ポケットに入れた。
「美和子さんは、素晴らしい演技をしながら、みなさんの様子を必死に見ていました。そして、何かを掴もうとしていた。私が皆さんから聞きだしたことは、美和子さんが必要としていたからです。彼女がどうして人を殺さなくてはならなくなったのか」
加賀は気を失い動かない美和子を優しい目で見た。
「美和子はどうなるのですか?」
美和子を心配し、そばを離れない貴弘が訊いた。
加賀が何かを答えようと口を開いたときだった。

遠くの方から救急車のサイレンが近づいてくるのが分かった。

うめき声と共に美和子の指が少し動いた。
「美和子!」
兄が声を掛けた。
妹がゆっくりと目を覚ます。そして目をあけ、澄んだ瞳を兄に向けた。

「あれ、おじさん。どうしたの?パパとママはいつ帰ってくるの?」



(あとがき)

神林美和子を犯人にしようと考えました。
美和子は、一番最初にこの小説を読んだ時に犯人と感じた人物です。
その人物を犯人にしないままなのは、やっぱり寂しいので、考えました。

美和子を犯人と考える場合、カプセルを手に入れてしまえば、交換することは簡単です。いつでもできます。しかし、自分から毒を仕込むとは考えられません。そうなると、偶然が重なり、仕込む方法を考えるのですが、それも難しい感じです。一番最初に考えた(このサイトのつづき)ものにあるように、雪笹が脅迫状を書いたことにしようと思いましたが、改めて小説を読むと、不自然さが目立ちます。

そこで、貴弘のカプセルを悪戯のためだと思い込んで手に入れた美和子が、それを仕込んだことにしました。

3つの証拠品、指紋については、かなり悩みましたが、いい案が浮かばないので、こんな形になってしまいました。

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